質問
米寿を迎えた父は相変らず元気で母と一緒に農作業を手伝っています。父の相続人は母と農業を営む長男、定年を迎えた二人の弟の4人です。
父には20世帯の貸家の家賃と国民年金・農業者年金の収入があります。
我が家(父)の財産は市街化区域を含む3・5ヘクタールの農地と3000m2の宅地、それに4000万円近くの金融資産があり相続財産はおよそ3億円になります。
借入金はありませんが居宅の改築、貸家のリフォームが予定されています。父の相続を想定した場合にどんな考え方と対策が必要でしょうか。
回答
相続が始まるとどうなる
そもそも相続とは、被相続人の財産や債務を承継するだけでなく、故人がやってきたことを続けていくことなのです。相続が始まると、被相続人の財産に属する一切の権利義務は相続人が承継し、相続人が二人以上いる場合は各相続人の共有になります。
共有になった財産は相続人全員の合意がなければ、売ることも貸すことも担保にすることもできない不便なものになってしまうのです。
そこで、共有状態を解くために共有物分割ならぬ遺産分割を協議するわけです。ところで、あなたの相続分は跡取りといえども六分の一ですから、遺産の大部分を当然に取得することはできません。
しかしながら各相続人はそれぞれ法定相続分まで貰わなくても相続分を超えて余計に貰っても全員の合意があれば認められるのです。
つまり相続分は協議をする上での目安であり暫定的なものといえます。
なぜ遺産分割は難しいのか
昨今は遺産の分け方をめぐって相続人間の争いが絶えません。均分相続が定着して相続観が変ってきたのか、子どもたちが家業を継がず家を離れて暮らすようになったからか、実家の存在意義が小さくなったのか、親の相続は千歳一隅の蓄財のチャンスなのか、原因は親にあり跡取りにありなのか。かたくなに義務を背負っていこうとする後継者と権利のみを主張する他の相続人との対立なのか。少なくとも生前における親子の話合いをせず、各相続人の自立を見届けられなかったことも一因かもしれません。
分割協議がまとまらない場合
遺産分割が進まなくても、貸家は家賃を生み作物は成長して収穫を待つことになれば相続は一寸の渋滞も許されないのです。遺産額が基礎控除の額を超える場合は、相続の開始を知った日の翌日から10ケ月以内に相続税を申告しなければなりません。
提出期限までに遺産分割の協議が整わない場合でも、各相続人は法定相続分に相当する遺産を取得したものとして、未分割のまま相続税を申告納税する必要がありますから留意して下さい。遺産が未分割の場合は、居宅や事業用建物の敷地のうちの一定面積まで評価額が軽減される特例、配偶者が取得した財産に対応する一定の相続税額を軽減する特例、農地の相続税の納税猶予の特例などの適用がなく、延納の担保にならない共有財産、物納できない未分割財産は納税にも支障をきたし余計に相続税を納めることにもなります。また、分割協議が整うまでの間の地代・家賃収入は各相続人に帰属し、法定相続分に応じて使用収益することになりますから留意して下さい。
どんな対策を打つべきか
誰が家業を承継し祭祀を主宰するのか、誰に家業を承継させるのか、誰が同居して老後の面倒を看るのかの方針を決めたら、生前協議を開き因果を含めます。そのうえで各相続人の権利と義務を明確にするために遺言書を作成します。家業については目標にそった経営環境づくり配偶者や子らには必要な財産を特定して、生前贈与や死因贈与契約によって確かに取得させるしくみを作っておきます。相続時に受け取れる共済契約は非課 税限度額まで加入し受取るべき人を見直しておきます。
生前贈与のすすめ
親子間の生前贈与は目的がなければ単なる名義貸しに終わってしまうことがありますから留意して下さい。しかしながら、相続の本番で取得させることになっているものは相続税の実効税率を見ながら生前の贈与を進めていきます。とくに、教育資金の一括贈与、結婚子育て資金の一括贈与、住宅取得資金の贈与、配偶者への居住用財産の贈与、障害者等への扶養信託の受益権の贈与など、非課税で贈与できる財産を優先して移転しておくと有利です。
農業の環境づくり
農業はすでに後継者に経営を移譲していますが、農地や農業施設は親のものですから、ひとたび協議がもつれると作物にも影響が出てくるものです。そのおそれがあるときは農地の生前一括贈与や相続時精算課税贈与(2500万円を超える部分に対して20%の贈与税を納税しておき、贈与者の相続の際にこれを精算する制度)によって施設を後継者のものにしておく必要があります。将来において後継者(孫)を迎え入れるには規模拡大を伴った法人成りが効果的です。法人になると人モノカネの経営資源が集まりやすく個人より効率経営が必然なのです。 何より法人には相続がないので一定の利益を確保できれば親子で食える農業を目指すことも可能で、地域農業の担い手として子や孫たちの生活設計を支えることができそうです。
不動産の環境づくり
不動産の賃貸事業は農地を守るための『資産管理』から『事業としての土地活用』へと目的がより明確になってきました。 しかしながら相続税の節税を優先したものから、高い利回りを確保している企業型の資産運用まで経営形態は様々です。借入金(手持の現金預金でも同じ)で建物を作ると確かに相続税は安くなりますが、借入金の利子を上回る収益性がなければ相続対策の効果は半減してしまいます。とくに、減価償却費を計上すると赤字になる決算では、元手を回収していないことになります。これからは他人の物を借りて生きる時代だけに地主にとって貸家経営は調達コスト次第といえます。賃貸物件はリフォームをこまめに行い、賃料維持に努める必要があります。とくに不動産については境界、実測、障害物等が相続時の譲渡換金、納税猶予、物納の支障になっています。居宅の政策とともに生前に物件の終点検を済ませておくことをお進めいたします。