夫亡き後も自宅に居住したい — 来年から配偶者は終生、居住可も
質問
私は、夫が所有する自宅(建物とその敷地)で夫と居住していましたが、先月、夫が死亡しました。遺産は、自宅の土地建物(3000万円相当)と預貯金3000万円だけです。相続人は妻の私と長男の2人です。長男は、私を長男のマンションに同居させて自宅を売却し、売却代金と預貯金を2分の1ずつ分けると主張しています。私は、今後も住み慣れた自宅に居住し、預貯金も老後の備えにある程度は欲しいです。
回答
相続人が亡夫の妻と長男の2人である場合、法定相続分は各自2分の1となりますから、長男から亡夫の遺産を法定相続分に従って分割することを要求されると、自宅を妻が取得すると預貯金は長男が、預貯金を妻が取得すると自宅は長男が取得することになるでしょう。
そうなると、夫亡き後も住み慣れた自宅に住みつつ、老後に備えて預貯金もある程度は欲しいというあなたの希望を実現することは困難となります。
つまり、現行法においては、長男が親思いで、例えば、「自宅の土地建物をあなたと長男が共有取得し、あなたが終生無償で居住することを認める。預貯金については折半する。」などのように、長男が母親の願いを叶える内容の遺産分割が成立しない限り、あなたの希望を実現することは困難ということです。
そこで、このような不都合を回避するため、改正相続法(2020年4月1日以降の相続に適用されます。)は、配偶者の一方が死亡した場合、他方配偶者(生存配偶者)の居住権を保護するため、「配偶者居住権」という新しい制度を創設しました(改正民法1028条)。
配偶者居住権とは、例えば、夫が死亡した当時、夫の所有建物に夫と居住していた妻は、同建物を他の共同相続人が相続した場合でも、同建物に、原則として終身にわたり、無償で住み続けることができるという権利です。高齢化が進む今日において、高齢の配偶者が長年住み慣れた自宅を離れて新たな土地で生活を始めることは、精神的、肉体的に大きな負担となることから、高齢の配偶者の居住権を保護するための制度です。
妻がこのような配偶者居住権を取得できるのは、次の3つの場合です。
(1) 共同相続人間において、被相続人の妻が配偶者居住権を取得することの合意が成立したとき
(2) 被相続人の妻が家庭裁判所に配偶者居住権を取得する旨の申し出をし、かつ、当該建物を相続する相続人が受ける不利益の程度を考慮しても、なお妻の生活を維持するために特に必要があると認められたとき
(3) 被相続人(亡夫)が遺言により妻に配偶者居住権を遺贈したとき
のいずれかの場合です。(同法1029条)
この配偶者居住権は、賃借権に類似する法定債権とされ、遺産(相続財産)の一種と考えられています。従って、妻が配偶者居住権を取得する場合、妻は、自己の具体的相続分から配偶者居住権の評価額を控除した残額について遺産を取得することができます。ただ、配偶者居住権の評価額をどのように算定するかは、未だ法は明確な基準を示していませんので、今後の判例の動向をみていく必要があります。しかし、配偶者居住権の評価額は、自宅の土地建物の評価額と比較して、かなり低額になると考えられます。
そこで、本事例について、仮に夫が法制相続法の適用される来年(2020年)4月1日以降に死亡し、かつ、妻が上記(1)ないし(3)のいずれかに該当して配偶者居住権を取得した場合で、仮に配偶者居住権の評価額を1000万円とし、自宅の土地建物を長男が取得すると、妻のあなたは、配偶者居住権(1000万円)のほか預貯金2000万円を取得することができ、長男は土地建物2000万円(3000万円―配偶者居住権1000万円)と預貯金1000万円を取得できますので、妻は住み慣れた自宅に終生、無償で居住し続けることができるほか、預貯金もかなり取得でき、老後を安心して暮らすことができます。
(弁護士 長島佑享)